満願寺窯より
旅日記 ヒマラヤ山中編
またまた久しぶりのブログになってしまいました。
6月開催した大分・竹田での展示会が終了してすぐに、旧ムスタン王国、現在はネパールのムスタン郡という所を目指してネパールに3週間程滞在しておりました。
普通はあまりピンとこないような場所ですが、、
未だにチベット文化が色濃く残る地域で、外国人の入域料がべらぼうに高いため、なかなか旅行者が訪れにくい聖域のような場所です。結果的には一人で入るには入域料が1000ドルかかるためムスタン行きを断念し、ムスタンの近くまで14日間ヒマラヤ山中を歩いてチベット文化を体感しに行きました。
元々なぜそのような地域に向かおうとしたかと言いますと、いろいろな民族を集めた写真集『before they away-彼らがいなくなる前に-』という本を見て、興味が湧いた、ただそれだけの理由です。興味が湧いて実際に足を運ぶ行動力を大事にしたくて。
人はなぜ行くの?何しに行くの?と目的、それにまつわる明確な結果、利益を行動を起こす理由にしたがりますが。笑
行けば精神的に大きく変わるという自分に対する遠い投資と考えて。仕入れなどの大義名分が欲しいとこではありますが。笑
ムスタン郡は広く、入域料がかかる手前でも建築、食べ物、宗教、景観、人、いろんな文化がネパールとは大きく異なりました。ネパールも日本とはだいぶ違うのですが、山が深くなるにつれて人々の顔は柔らかく、寛容で素朴に、生活環境はより過酷に、景色は壮大で美しくなって行きます。環境で人は作られます。山の人々はとても強かです。
14日間の山歩きは修行です。3000、4000メートル付近にも人は住んでいて、ゲストハウスなどもあるので泊まるところの心配はないのですが、インフラが整っていないので日本に比べると不便です。僕はどちらかというとそれを求めているので喜ばしい限りなのですが。笑
山歩き初日、あちらで生活している人々が使っている崖沿いのガタガタ道をこれでもかというくらいオンボロのバスで7,8時間走ったりするのですが、沸騰した鍋の中の玉子のように揺らされるので、当然ですが車酔いに悩まされました。その後少し歩いて初日は終了しました。あの時は正直来てしまったことに後悔しました。笑
その次の日からもひたすら毎日8時間ほど山行でした。初めの3,4日をすぎると徐々に身体も順応して、景色を楽しめる余裕が出て来ました。標高が上がるにつれ植生は変わり、大地も乾燥して行き僕の好きな砂漠の景色に近づいて来ました。チベットらしい大地に興奮したのを覚えています。4000メートルに達した時には、美しい山を拝めると同時に高山病の症状に悩まされ、山の洗礼を浴びせられた気に。最終的に5400メートル地点を越えやっとチベット文化の香りのする町、聖地ムクティナートに到着。ムクティナートは有名なチベット寺院があるのですが、町が観光客仕様になっていたため正直なところもったいなさを感じた町です。
その後山を下りつつムスタンの寄りの小さな町マルファに滞在したのですが、そこは街並みが石造りで品が良く居心地の良く長滞在をしたくなる場所でした。が長滞在してもやることはないので次の日からも移動を続けることに。
そうして無事山行を終え、ポカラに舞い戻りしばらくぶりのシャワーと安心感により今までの苦労が嘘のように骨抜きにされました。
登山は瞑想に近いものがある気がします。死の可能性を近くに感じることも多々ありました。故に自分の内面などを覗く機会がたっぷりあります。弱いところも、意外に強いところも、自分の在り方、自分の周りの人とのあり方も、地球が壊されて行く様も、それについての人の在り方もいろいろな思考が頭の中を泳ぎ回っておりました。
この経験が僕に一つレイヤーを与えてくれた気がします。山に感謝です。
その後、インド国境の町まで行ったのですが、その話はまた今度。